MaaS(マース)というコンセプトをご存じですか?日本においてはまだ広く人口に膾炙しているわけではありませんが、今後注目を集めていくと思われる考え方です。
本稿では移動の効率化をもたらすMaaSについて解説します。
MaaSとは?
MaaS(マース)とは、Mobility as a Serviceの略称で、ICT(情報通信技術:Information and Communicaion Technology)の活用により、自家用車を除くあらゆる交通機関を結びつけてシームレスに運用するというコンセプトです。
例えば自宅から遠方のコンサートに行く場合、バスを乗り継いで駅に向かい、在来線から新幹線に乗り換え、さらにタクシーで現地に到着するといった経路を辿るとします。
この時、バスや電車、新幹線のチケット、タクシー代が全て別々に決済される事になりますし、飛行機やフェリー、レンタカーなどの交通機関を使う場合も同様です。
この行動は当たり前のようでいて、よく考えれば非常に非効率だと言えます。
異なる交通機関ごとに予約と決済を繰り返し、しかも乗り継ぎ時間が重ならないように利用者側が注意する必要があるからです。しかも経済的にも時間的にも最も効率的な経路を予約できるとは限りません。
後から調べてみたら、新幹線よりも飛行機の方がチケットが安くて早く着いた!というケースは十分あり得ることです。
このような非効率をなくし、出発地と目的地を設定するだけで最適化された移動方法が提案され、しかも一括決済まで出来るようにするのがMaaSのコンセプトです。
最終的にはスマートフォンだけで全ての交通機関のシームレスな検索・予約の実現を目指します。
もっとも現状は各種予約サイトで路線の運航状況などをチェックしてチケットを予約するに留まり、運営母体が異なる複数の交通機関を横断出来るシステムはありません。
みずほ銀行のシステム統合の例で広く知られているように、巨大システムの相互乗り合いと共通決済は非常に複雑で実現が困難だからです。
なお交通機関統合の程度は下記の4段階があり、広く利用されているグーグル検索やNAVITIMEによるものはレベル1に留まります。
- レベル1 情報の統合(複数モードの交通提案、価格情報)
- レベル2 予約、決済の統合(1トリップの検索、予約、支払)
- レベル3 サービス提供の統合(公共交通に加えてレンタカー等も統合)
- レベル4 政策の統合(データ分析による政策)
また内閣府大臣官房政府広報室が運営するウェブサイト、政府広報オンラインによるMaaSの説明では、交通機関だけでなく観光案内や飲食店、ホテルの予約支払いや病院、行政サービスの支払いも一括して行うとの見解が示されています。
政府広報オンラインによるMaaSはInternet of Things(IoT:モノのインターネット)実現への第一歩として守備範囲を広く取らえたものです。
IoTとは全てのものがインターネットに接続されて相互に情報交換されるシステムの事で、
日本は法律で下記の定義がなされています。
「インターネットに多様かつ多数の物が接続され、及びそれらの物から送信され、又はそれらの物に送信される大量の情報の円滑な流通が国民生活及び経済活動の基盤となる社会の実現」
MaaSのメリット
MaaSの実現による効率的な移動には複数のメリットがあります。
一つは環境面のメリットです。移動手段が効率化されれば、電気やガソリンといったエネルギーの消費が抑えられ二酸化炭素の排出が減少するので地球温暖化対策に繋がります。
またMaaSが浸透すれば自家用車が減るので、地球資源の節約になります。
二つめのメリットは既存の交通機関の効率化と収益アップです。
MaaSはシームレスに複数の交通機関を繋ぐので、リアルタイムで運用状況のモニタリングが可能となります。全てがシステム上で管理できるので運用状況から路線の最適化が出来るようになります。
効率的な移動が実現すれば、公共交通機関の稼働率が上がるので収益アップが見込まれます。
近年は地方において不採算になった鉄道やバスが廃止になりつつある動きが見られますが、MaaSで取得した移動データは不採算路線の統合の際にも役立つでしょう。
また地方だけでなく、東京や大阪といった大都市においても自家用車が減れば渋滞緩和が見込まれますし、駐車場として利用されていた土地の再利用にもつながります。
三つ目のメリットは家計への影響です。自家用車を持つ必要がなくなれば、駐車場代、車検代、自動車税、ガソリン代が不要になります。家計に占める自動車関係の支出が無くなる事で、教育などにお金を回せる余裕が生まれます。
最後のメリットは高齢化対策です。MaaSで交通機関の活用が容易になれば、必要な時に自宅の前にタクシーを呼び出して乗り継ぐ事が出来るようになります。
将来的にはタクシーが無人の自動運転車に代わるかもしれません。
交通の問題がクリアされれば、自家用車が無くては生活するのが厳しい地域から人口流出を防ぐ事が出来ます。地方都市においてはMaaSが大きな助けとなる事を期待されているのです。
MaaSのデメリット
MaaSの導入によって起こりえる不利益として代表的なものはマルウェアやハッキングです。
デジタル化はあらゆる面で個人の情報を差し出す代わりに力(利便性)を与えます。そのためハッキングによって個人情報が抜き取られる危険があります。特にMaaSはスマートフォンの位置情報と決済情報を取得するのでプライバシーの保護が重要です。
全てに結びついているという事は、不具合が全体に波及するという事で、システムがダウンした際の影響が大きくなる恐れがあります。
もちろん技術的に解決できる面が大きいので、ハッキングは抗がん剤の副作用のような避けられないデメリットというわけではありません。
また社会全体から自家用車が減るので人口が少ない地域への移動がしづらくなります
人が来ないさびれた山奥などに行きたいと思っても、移動コストが見合わなくなるので必然的に行動の範囲が狭まるかもしれません。
自由に動けるのはMaaSの対応範囲だけ、という事にもなりかねませんが、個人のランダムな移動は全体からするとエネルギー的にも環境的にも非効率です。個人の自由と全体の最適化の葛藤があるので、あらゆる面でMaaSが優れていると言い切るのは難しいでしょう。
MaaS Global社の取り組み
2016年にフィンランドで創業したベンチャー企業、MaaS Global社は世界初のMaaSアプリをWhim(ウィム)をリリースしています。
総務省の資料によると、Whim利用者は月額49ユーロ(約6,000円)か499ユーロ(約60,000円)を支払うか、1回毎に決済するか選択するとアプリが提示する交通手段を自由に利用できます。
Whimのサービス開始後のヘルシンキでは公共交通が74%、タクシー利用が5%増加し、自家用車が20%に減少したとのことです。
このような動きに対し島国の日本には他国の乗り入れがない発展した交通機関があり、人口密集地域では自動車があっても利用率が低いという特徴があります。
日本をMaaSの市場として魅力的と判断した三井不動産はMaaS Global社に出資しており、2019年12月には千葉県の柏市で実験的にサービスが始まりました。
MaaSは破壊かつ融合だ 三井不動産×MaaSグローバル講演|日経TREND
大手不動産ディベロッパーとして、将来の不動産開発がMaaSの移動手段を前提にした街づくりになることを考慮した上での経営判断だと思われます。
日本の動向
日本においては三井不動産だけでなくJR東日本や小田急電鉄、トヨタ自動車もMaaS推進を表明しています。
2020年時点ではごく限られた一部での試験に限られており全国的にカバーできるMaaSアプリはありませんが、今後は充実した交通機関をシームレスに統合する流れは加速していくでしょう。
既に鉄道やバス、船舶、タクシーなどの交通機関のリアルタイム運行情報、時刻表情報、駅や停留所の位置情報のオープン化について国土交通省で検討会が設置されており、官民一体で推進する方向に向かっています。
また既存の交通機関を統合して効率化するだけでなく、新しいシステム作りの萌芽も見られます。
自動車の個人所有が減っていく中で更に自動車を減らす方向にあるMaaSをトヨタ自動車が推進している事から、既存の交通機関だけでなく将来的には1~2人乗りの超小型モビリティや自動運転車のシェアリングなど、新技術が生まれた際にMaaSに統合されていくことを見込んでいるのは間違いありません。
この時、自動運転車を含む自動車には音声入力で各種情報提供を受けられるシステムが盛り込まれるようになると思われます。
現状でも運転中のハンズフリー操作や通話が可能なのですから、MaaSのシステムに自動車が統合されれば事故防止の観点からも音声入力によるナビゲーションが主流になるのは間違いないでしょう。
ゆくゆくはSF作品に登場するような会話が出来る人工知能ナビゲーターと機能的にはほぼ変わらないものになることでしょう。
現時点において自動車販売はローンに加えて残価償却型など様々なやり方で売上を維持していますが、究極的には車を売り続ける方向から、このような高機能を盛り込んだ自動車のサブスクリプション制にしてシェアするという流れが強くなるかもしれません。
ありとあらゆるサービスが繋がるMaaSの可能性
現状、MaaSの主な定義やその範囲は交通機関のみに限られていますが、今後はほぼ確実に各種イベント情報や小売情報まで取り込んでいくと思われます。
例えばスマートフォンやスマートスピーカーから統合システムに「東京から青森に行きたい」と入力すれば、行先への最適経路だけでなく途中で利用する新幹線の名物駅弁の情報が表示されてチケットと一緒に決済できるようなったり、到着日に現地で行われているイベント情報、おすすめホテルまで提示されるようになるでしょう。
検索エンジンが検索者の意図を学習して、関連情報までサジェストするように進化したのと同様に、交通情報の効率化は必ず付帯情報を伴う方向に進化する思われます。
ゆくゆくはあらゆるサービスがデジタル化して情報共有され、あらゆる生活の中で必要な情報が瞬時に提供されていく社会が生まれるでしょう。
これはデジタル化の流れを予想する上では確実に起こりえる未来だと言えます。
現状、MaaSにおけるシームレスの範囲については明確な定義がないため、省庁においてやや違いがみられますが、これは省庁の守備範囲の違いに過ぎず、MaaSの本質はデジタル化に他なりません。
この流れは明らかに既存のビジネスモデルをひっくり返すゲームチェンジの可能性を秘めています。
まとめ
MaaSはあらゆる交通機関をシームレスにリサーチ・決済して効率的な移動を可能とするコンセプトですが、大前提として行きたい場所に交通機関が存在しなければ機能しないという問題があります。
そのため人口過疎地域など、交通機関自体が貧弱だとリサーチや決済が出来たとしても自家用車の方が利便性が高いという事になってしまいます。
既存の交通機関の最適化を目指すだけでなく、自動運転車など次世代の技術まで取り込まなければ、人口減少地域の交通をカバーすることは出来ないでしょう。
既にトヨタ自動車を含めて官民一体となって検討が進んでいるので、試験運用を繰り返して少しずつ実現へと進んでいくと思われます。
三井不動産とMaaS Global社の発表によれば2020年には日本でWhimのアプリがリリースされるとのことです。
日本においてMaaSがどの程度有効か判断できる日は近いでしょう。